ショートショート「食い逃げ女」
ミキオは駅で女を待っていた。
最近流行りのマッチングアプリで知り合った女だ。1ヶ月ほどアプリでやり取りをしていたのだが、先週突然女のほうから「文字のやり取りが苦手なので会いませんか」と連絡がきたのだ。
どうやら女は少し遅れて来るらしい。待つことには慣れていた。
「お店には連絡しておいたので、大丈夫ですよ。」
ミキオはメッセージを送った。
「ありがとうございます(*^^*)」
と顔文字付きで返信が届いた。
10分ほどして女はやって来た。写真とは少し印象が違う。マッチングアプリは写真が重要なので、よくあることだ。
「はじめまして。」
女は「カナコ」と名乗っていた。本名かどうかは定かではない。プロフィールには「癒し系」と書かれていたが、癒し系とは違うもっと別の何かだ。
簡単に挨拶を交わしてお店へ向かう。ミキオは少し落胆したが、とりあえず食事だけは楽しもうと決めた。予約をしたお店はそこそこ有名な、雰囲気のよいビストロだ。
ミキオはカナコが興味を示しそうなことを思い出して話題を振った。しかしイマイチ会話が盛り上がらない。唯一反応が良かったのはゲームの話題だ。カナコの趣味に「ゲーム」は書かれていなかったのだが。
このお店の名物料理は柔らかく焼き上げられたロティサリーチキン。回転させながらじっくりと焼き上げられるため、ふっくらとしたジューシーな味わいに仕上がる。皮にはほどよく脂がのっていてとても美味しい。
メインディッシュのロティサリーチキンを味わって、ミキオはトイレに立った。トイレでしばしの解放感を味わう。テーブルに戻って何を話そうかと考えるが、思いつかない。
「ま、あと少ししたら切り上げるか。」
店内に戻ったミキオはテーブルのほうを見た。するとカナコの姿がない。「お手洗いなのかな?」と思って席に座る。
5分ほど経ったが、カナコは戻ってこない。ふとテーブルの下に目をやると、カナコのバッグも消えている。
「まさかなぁ。」
女性は手荷物を持って席を立つことはよくある。もうしばらく待つか。
10分経った。「気分でも悪くなったのかな?」と思ったミキオはマッチングアプリを開く。メッセージを送ろう。しかし、カナコのメッセージ履歴がない。
もう一度アプリを開き直してみたが、やはり消えている。ミキオは状況を理解した。ブロックされたのだ。
これは食い逃げだ。
割り勘にするつもりもなかったので意味が分からない。以前知り合いからそういうことをする人もいると聞いたことがあったが、まさか本当にいるとは。怒りというより驚きだ。
ミキオは仕方なくひとりで残った食事を終わらせ、会計を済ませることにした。店員を呼んだミキオはついでに尋ねてみた。
「ここに座っていた女性、帰られましたよね?」
店員は答えた。
「失礼ですがお客様、お客様はずっとお一人でお食事をされていましたよ。」
意識が薄れるミキオ。
ミキオはその場で意識を失い、二度と目を覚ますことはなかった。
おしまい
※ このお話の登場人物名と結末はフィクションですが、それ以外はノンフィクションです。
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